あの月を、君に

14日
母さん、母さん、母さん
三回口にだしてみたら意外にもへどが出た

15日
海の涙がまるで塩辛い
夕飯にはマアジを二匹

16日
夜は人魚を見つけた
儀式的な歌を喉をつぶしながら歌っていた

17日
帰りたい

18日
死にたい

北風が語りかけてくる言葉は
まるで不可解で
私は太陽をやぶり捨てた

よるがきた
よるがきた

誰しも一人になりたくないから

よるがきた
よるがきた

しずかにお別れしましょうか

明日の服を決めた
君の名前を知った
足の骨を砕いた
母さんの鱗を剥いだ

湯たんぽにお湯をいれた
布団に血を零した
君の名前を呼んだ
父さんの羽を食べた

僕は宇宙人になって
あなたとの会話は弾まない
文字と数字の羅列だけが
僕らのコミュニティ
ただ目があったら笑うように
インプット

目をつむった
夢をみた
僕がいた

朝になった

笑っていたい
泣いていたい

あなたを愛しく思える人間でありたい
あなたを恋しく思える人間でありたい

素直に
シンプルに

ただえがおで

ぼうっとしていたら、指を切ってしまった。不意の出来事だった。
自分を傷付けたのはいつぶりだろうか、なんてことを考えた。
確かに、僕の手首には無数の傷がある。それは自らの過失だ。
あの頃の自分が間違っていたとは言わない。
今だってそう遠くないところに立っているはずだ。
環境はちがえど僕は僕で、いつ何時も僕は僕でしかありえない。

ふ、と勝手に笑いが漏れた。
色んな未来があったはずで、僕は今という未来に立っている。
僕らの親から見ればまだ僕やイズミはヒヨッコだろう、
なのにもう数年前の自分の気持ちや出来事を鮮明には思い出せない。
いくつも重ねてきた気持ちは、すべてどこかにいってしまった。
確かにここにあるはずなのに、ここにない。ばかみたいなもの。

切り傷から垂れる血ごと指を口に含んだ。ふ、とまた笑えた。
あの頃は僕は、自らの血をこんなに愛しいと思ったことはなかった。
ただ汚らわしいとだけ、苦しいとだけ、思っていたのに。

「ただいま、え、なに」

指をくわえる僕を見て、イズミはかばんを放って近づいてきた。
そのまま僕を抱きしめる。

「イズミこそ、何」
「わかんない、なんかぎゅっとしたくなった。指?」
「切っちゃった」

彼は僕をいったん離し、じっと顔を見つめてきた。
化粧をしていない顔をあまり見てほしくはない。
お互い、セックスをするときだってこんなに見つめ合うこともないだろうに。

「ハル、俺、」
「何」

なんとなく言いたいことはわかった気がした。
だから黙って彼の胸に顔を押し付けた。
口の中で指がふやけてきている。血の味はもうしない。
そもそも最初から血の味なんかしなかった気もする。
イズミの腕に力が入る。かすかに震えているようにも思える。

僕たちはそのままキスをして、ベッドに流れて最後のセックスをした。

朝起きるともうイズミはいなくて、ただ清い空気が部屋に溢れていた。
昨日の温もりや声や、今までの絶望や期待や安堵や不安が、
イズミに出会ったとき、話したとき、キスしたとき、抱かれたとき
そうしたものが全部、走馬灯のように駆け巡ることなく、
僕の中の思い出も感情も、静かに静かに溶けていく気がした。

意味のあることは一つもない。
けれども
意味のないことも一つもない。


すべて、愛しかった。
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